かつての私の部屋は、まさに「ゴミ屋敷」そのものでした。玄関のドアを開けると、そこには腰の高さまでゴミが積み上がり、カビと埃の混ざった重い空気が滞留していました。なぜ、普通の社会人だった私がこれほどまでの惨状を作り出してしまったのか。その引き金は、失恋と仕事の挫折が重なったことでした。それまでは几帳面な性格で、週に一度は掃除を欠かさなかったのですが、ある日突然、心がポキリと折れてしまったのです。仕事から帰ると、ただベッドに倒れ込み、コンビニで買ったパンを食べて、その袋を足元に落とす。最初は小さな罪悪感がありましたが、ゴミが床を覆い隠していくと、不思議なことに安心感を覚えるようになりました。汚れた床が見えなくなることで、自分の心の醜さも隠せているような錯覚に陥ったのです。なんで片付けないの、と自分自身に問いかける声は、いつの間にか聞こえなくなりました。ゴミが積み上がるにつれて、部屋は外界の厳しい視線から私を守ってくれる「繭」へと変わっていきました。友人の誘いを断り続け、誰とも会わなくなり、画面の中の世界だけが私の居場所になりました。ゴミの山は、私の孤独を肯定してくれる唯一の存在だったのかもしれません。しかし、その繭の中は徐々に腐敗していきました。夏場になれば異臭が漂い、害虫が這い回る。それでも私は、ゴミの中に埋もれて動けませんでした。自分がゴミと同化していくような感覚に陥り、生きているのか死んでいるのか分からない日々が続きました。転機が訪れたのは、管理会社の防火点検の通知でした。このままでは全てがバレてしまうという恐怖が、麻痺していた私の脳を叩き起こしました。私は震える手で清掃業者に電話をしました。作業当日、プロの手によって運び出される数トンものゴミを見て、私は声を上げて泣きました。あの中にあったのは、私の数年分のみじめな自分そのものでした。部屋が空っぽになったとき、ようやく私は呼吸を取り戻しました。なんであんな生活をしていたのか、今でも完全には分かりません。でも、あの日々は私が壊れないために必要な「心の防衛反応」だったのだと、今は自分を許せるようになりました。ゴミ屋敷は、心が限界を超えたときに、誰にでも起こり得る悲劇です。もし今、かつての私のようにゴミの中に埋もれている人がいるなら、伝えたい。あなたは一人ではないし、そのゴミはいつか必ず片付けられる日が来るということを。
私が足の踏み場もない汚部屋を作ってしまった理由