近年、メディアで取り上げられるようなゴミ屋敷とは別に、見た目は清潔な二十代の若者が、自宅を密かにゴミ屋敷化させてしまう事例が急増しています。彼らは外では流行の服を着て、職場や大学でも問題なく過ごしていますが、そのバッグの奥には数日前のゴミが詰まり、帰宅すれば足の踏み場もない汚部屋が広がっています。これを「隠れゴミ屋敷」と呼びますが、その最大の原因は、SNSの普及に伴う「理想と現実の乖離」による過度なストレスです。インスタグラムやツイッターを開けば、他人のキラキラした生活、整ったインテリア、丁寧な暮らしが流れてきます。これらと自分の惨めな日常を比較し、若者たちは深い自己嫌悪に陥ります。「あんな風になれない自分はダメだ」という劣等感が、家事という基本的な自己ケアの意欲を奪います。また、スマホ依存による「タイムマネジメントの崩壊」も深刻です。帰宅後、疲れを癒やすためにスマホを手に取り、動画やゲームに没頭しているうちに数時間が経過し、気づけばゴミを捨てる気力も残っていません。脳がデジタルの刺激に支配され、現実世界の物理的な汚れに対して鈍感になってしまうのです。なんで若いうちから、という声もありますが、現代の若者がさらされている情報量はかつての数倍であり、脳の処理能力が追いつかず、優先順位の最下位にある掃除が真っ先に切り捨てられてしまいます。また、就職氷河期や格差社会への不安からくる「将来への絶望感」も、セルフネグレクトを引き起こす大きな要因です。未来に希望が持てなければ、今の住環境を整える意味も見出せなくなります。ゴミ屋敷の中に身を置くことは、ある種の「現実逃避」でもあります。しかし、不衛生な環境は確実に自律神経を乱し、さらなる無気力と鬱症状を招きます。若者のゴミ屋敷を解決するには、説教や恥の意識を植え付けることではなく、デジタルデトックスの推奨や、心の重荷を吐き出せる居場所の提供、そして「一歩ずつでいい」という肯定的な支援が求められます。彼らが抱えているゴミは、現代社会という巨大な荒波の中で、自分を保てなくなった悲鳴の蓄積なのです。